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不自由シミュレーション [思うこと]

桜は満開なのに東京で過ごす週末は生憎の雨。
土曜日、朝7時半起床し紅茶、トースト、ヨーグルトの朝食。
午前中は修理業者やケーブルTV業者などが来訪。
長男とタイ料理屋でランチ、のちひとりでジムにて運動。
ネットが自由にならないので(皮肉なことにケーブルTVで業者
によればこのマンション、無料のインターネットが今月下旬に
使い放題になるそうな)午後は読書。
以下本を読了。
・ミンツバーグ「マネジャーの実像」
 MBA講座の課題図書ということで面白く読み進んでいたが後半
 は失速した感あり。前半から中盤までは本当に面白かった。
・ハルバースタム「ベスト&ブライテスト(下)」
 長い時間をかけていたがやっと上・中・下を読み終わった。
 どんなに頭が良く能力があっても自分が囚われている偏見に
 は気づけないし、世界のことは把握しがたい、という思いに
 いたる。読者によっては「東海岸のエリートだから駄目なんだ」
 と思うかもしれないが、僕には誰にとっても難しいことでは
 ないか、むしろ知識と教養がなければもっとひどい結末もあり
 得たのでは?、とも思えてならない。

日曜日、朝6時半起床。紅茶とトースト。
午前中は大リーグ中継をぼんやりと眺めたり、日曜美術館を
見たり(ピカソについてで面白かった)
なんとなく朝から耳の調子が悪くなりそうな予感があり、深呼吸
を繰り返したり、ストレッチをしたり、保冷剤を首筋に当てたり
してなんとか凌ぐ。この問題も完全に解決したわけではないのだ、
と思いしらされる感じで、やや気分が落ち込む。
家内は小雨の中、大阪の南のほうまで探鳥会に出かけたとのこと
で、結果40種の鳥を見れた由(大豊作である)。
こちらは3時過ぎまでしとしと降りで、夕刻に雨あがる。
インド料理屋でナンを買い、家内が冷凍していってくれたカレー
と共に食す。

それにしてもネットに常時接続できないのは鬱陶しい。
ほんの小さなことではあるが「自由を奪われる」というのは
こういうことなのか、と思う。
「不自由になることの不快さ」をシミュレートさせられている気分
だ。しかし、病気であったり、老化であったり、あるいは社会の
変化であったり、そのような不自由さはこれからどんどんやって
くる。そういう不自由さをどう受け止めて、どうかわす(あるいは
視点を代えて「楽しむ」)かは僕にとって大きな課題だ。

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もうこの歳になると [思うこと]

もうこの歳になると、努力によって不具合を克服できることは少なくなる。
どうにもならないこと(身体の不調、親の問題、等々)を解決し、克服する
のではなく、折り合いを付けて共存して生きることを覚えなくてはならぬ。
そして、不具合と共存しつつ、日々の生活の中で上手に「小さな幸せ
=小確幸」を楽しみに生きてゆくのだ。

何もかも、すっきりクリアにして歩ける日々は終わったようだ。
いろいろなグレーさ、不調、苦痛と同居して歩くしかない。
前を向いて足を引きずりつつ歩くことにこそ意味があるのだ。

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一種の極限状況 [思うこと]

毎晩、家内や母と長い時間、話をしている。
実父のほうは危険な状態ではあるものの、今日は初めて水を飲んだ
とのこと。ずっと口から水を飲みたい、と言っていたのだ。
いつ吐き戻すか、誤嚥するかと、ヒヤヒヤしていたとのこと。
それでも本人は水を飲めて満足していたらしい。
義父はあまりよろしくないようだ。
家内の話では心臓も肝臓も相当にやられており、主治医は自宅に帰れる日
がくるかどうか、あまり確認を持っていないような状況らしい。

こういう状況は一種の極限状況だ。
自分が、あるいはひとが、人生というものをどう見ているのか、どう考えて
いるのかが実に赤裸々に炙りだされるなぁ、と思う。
実父に関しては、もう一度誤嚥性肺炎になっても気管挿管はしない、と家族
で話し合って決めた。父は意識は極めて明晰だから、本人に希望するかどうか
聞けばいい、という極めて民主的に聞こえる正論もあるだろう。
しかし、僕はそれは違う、と思っている。

誰だって(僕だって)極限状況では多分、命が惜しくなる。本能の力によって
「どんな風でもいいから助かりたい」と思うかもしれない。
しかしそれが「自然なこと」であり「善いこと」なのか?
どう死ぬか、はそのひとが人生という作品をどう仕上げたいか、だ。
僕の父はスタイリッシュで格好をつけるひとだ。
彼が、自分の人生をどんな風に仕上げたいか、僕には分かっているつもりだ。
今日、僕の手紙を読んで父は「もっと自立してやっていけるようにする、と
伝えてくれ」と母に伝言したそうだ。
ベッドから身体も起こせない癖に、そんなことを言うひとなのだ。

僕は、父の人生を、その一生を掛けた作品を、美しく仕上げてあげたい。
この決断の代償(気管挿管してあげたらもう少し生きられたかもしれない
のに、という思いに苦しむこと)は、決断した僕を含めた家族が一生背負
ってゆくべきものだ。

本家を更新。記事「永遠の豊穣

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立ち上がってコツコツと。 [思うこと]

再び昨夜帰阪。
地獄の会議週間は終わったが月曜、火曜と大阪で仕事があるためだ。
あまりにも関わっている事項が多すぎ、記憶にとどめておけず、加えて
メモを取る暇すらなく、目が回るような忙しさ。
疲れがひどく、早朝覚醒も続いており、消耗した状態にある。
しかしながら、自宅にはちょうど次男も帰宅しており、久しぶりに歓談。
土曜日午前、ジムに行き汗を流す。
午後、失神したように午睡。

大きな問題に対する会社としての方針策定は最終の詰めを迎えた。
最初のアクションが近々取られる予定だ。
僕は実際の前線には出ることはなく(出てはならず)後方で状況の推移
を見守ることになる。攻撃の結果報告を待つ司令長官の気分といった
ところか。

もう一度、自分を作りなおす必要を感じている。
今の僕は、あらゆる面で現状の仕事で求められるレベルに達しておらず、
もっとメンタル的にも、スピリット的にも、コミュニケーション能力も、政治
力も、経営者に必要とされるスキル面も、一度棚卸しをしてゼロベース
から勉強しなおし、自分を再構成、再構築するしかない、と感じている。
そのために、何を、どういうスケジュールで、どのような強度とアクション
プランでやっていくのか、全部見直しだ。

今回の一件は良い勉強になった。
自分のどこかに慢心と驕りがあったし、油断もあった。
しんどさに負けて今のままで流そう、流したいと逃げていた。
忙しさと疲れにかまけて自分を本当に鍛え続けようという覚悟とチャレ
ンジ精神を持ち続けることが出来ていなかった。
今の時点でこういったことに気づけたことだけが救いだ。

書店で久しぶりに本を購入。
4冊は仕事関連の本。(1冊だけ気晴らしの宇宙論の本)
立ち上がってコツコツとやりなおそう。
しかし心の余裕は持ち続けよう(それも僕に不足がちな部分だから)

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ヘミングウェイにハマる [思うこと]

連休の谷間、雨である。
傘を広げて東京のオフィスへ向かう。
休みの合間でもあり、事もなし。

ヘミングウェイの「女のいない男たち」を読み始めたらハマってしまった。
「存在の耐えられない軽さ」のクンデラとは対照的な骨太でシンプルで
男性的な文章。
ああ、僕はヘミングウェイが好きだったな、と思い出す。
「老人と海」とか「キリマンジャロの雪とか」。
「武器よさらば」のスパゲッティを食べるシーンとか。
みんな非常に急いで、深刻なようすで、スパゲッティを食べていた。
フォークに乗せたスパゲッティの、垂れ下がった端が、すっかり皿
から離れるまで高く持ち上げられてから、口のほうへおろしてくる
ものもあれば、またあるものは、絶え間なくフォークを上げ下げして、
スパゲッティを皿からじかにすすり込むのであった。

この文章は伊丹十三が「ヨーロッパ退屈日記」でも取り上げていたと
記憶するが、ヘミングウェイを読むとどうしてこんな簡潔な文章で
その場の情景、空気感から感情の流れまで描写できるのかと思う。
やっぱり凄いよね。
この文章なんかどうだろう。
峠の道は固く、なだらかだった。朝早いのでまだ砂ぼこりは
たたなかった。下の方に、樫と栗の木立の丘があり、はるか
下には海があった。反対側は雪の山々だった。
(「ケ・テイ・ディチェ・ラ・バトリア?」より)

本家に村上春樹「女のいない男たち」第二話「イエスタデイ」の
記事をアップ。



女のいない男たち ヘミングウェー短編集2

女のいない男たち ヘミングウェー短編集2

  • 出版社/メーカー: グーテンベルク21
  • メディア: Kindle版



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一気にのし上がった [思うこと]

今週は経営会議と取締役会のため大阪に戻っていた。
二日連続で終日会議をすると精神的にひどく消耗し、腰も調子が悪くなる。
夜も良く眠れないし今朝も体調は今ひとつだが、勇気を振り絞ってジムへ。
みっちり運動して汗をかくも消耗感は拭えない。
運動は心身のコンディションを保つためにやっているだけで、楽しみではない。

ジムに行くバスの中で思ったこと。
僕は、この5年でよくもまぁこんなに急速に社内でのしあがったもんだ、ということ。
5年前は一介の営業部長だったのに、あっという間に事業部長、執行役員を経て
先任者をごぼう抜きしてこの春に取締役に就任してしまった。
こんなスピード昇進は僕の知る限り例がなく、異例もいいところだ。
階層が上がるにつれて、仕事の中身はどんどん変わってくるし未知の項目も
ますます増えてくるのだが、あっぷあっぷしながらも、それがなんとかこなせて
いるのも確かだし、もうひとつ、恐ろしいのは、問題が発生した時にほぼ瞬時に
自分の中で最善の解決策が浮かぶことだ。
僕がその最善策を口にすると、会長が、社長が、常務が、皆、納得する。
これは一種の全能感であって、ダニエル・キイス著「アルジャーノンに花束を」の
主人公チャーリィの手術によって得られた全能感を想起してしまった。
僕は今、どうやら「旬」にあるらしい。
チャーリィの知能が退行する前に「一瞬訪れた全能感に溢れた旬」があった
のと同じように。もっともチャーリィはその「旬」の頂点で自らの「旬」は
一瞬で、すぐに退行が始まることをその知性ゆえに予見し、その通りになるのだが。

僕は自分の旬は、もって2期4年、短ければ1期2年と考えている。
社内に渦巻く嫉妬、悪意、敵意、政治工作などを考えたらそれ以上は難しい
し、僕自身にそれらを潰してまで地位を守ろうという気が起こらないのだ。
だから、この会社でやり遂げるべきことを早くやり遂げてしまいたい。
改めてそう思った。





取り敢えず二期四年 [思うこと]

毎週やってくる台風は本州の南側と通り過ぎて行った。
今週も明日朝まで大阪、午前便で帰京である。

今日、ジムの帰りに本屋に寄って本を見ているうちに
どうにも仕事以外の小説を読みたくなった。
しかし、物色してもどうにも定まらず。
流行りの軽い小説は読む気にならず、といって、重い
小説は今の自分の頭のコンディションでは受け付けない
だろうとなると、選ぶのが難しい。
結局、カズオ・イシグロの「遠い山並みの光」を買った。

これから先についていろいろ考えている。
取り敢えず取締役としてやるべきことは二期四年でやり尽くそう
と思う。僕自身の「旬」はそれぐらいで終わりを迎えるだろうし、
やるべきことをやる中で、僕が今、手の内に持っている社内
の「信用の札」を使い果たすことになるだろうからだ。
その先は今考えても無駄なので考えないが、外資系に出て
社長業をしてみたいという気持ちが最近起こりつつある。
社長と副社長の仕事の違いは、副社長と平社員の違い以上に
大きいと言う。それほどの違いがどれほどなのか、怖いもの
見たさの気持ちがある。同時に厳しいと恐れられている外資系
の社長職がどれほど厳しいのかも興味がある。
業績が挙がらなかったら即刻クビというのはどれほどの緊張感
とプレッシャーなのだろうか?
自分がそんな風なことを思うようになるとは想像もしていなかった
が、最近、そんなことを時々考えている。
まぁ何にしても毒を食らわば皿までというか、たまたま何の因果か
関わるようになった「経営」という仕事を極めてはみたいと思う。
もっともそれも2〜3年もやれば十分だ。
男性の健康年齢は平均70歳だそうなので、時間は大切にしたい。
弾きたいピアノ曲もたくさんあるし、読みたい本も沢山ある。








文章を読めなく・書けなく・なってきた [思うこと]

春のような暖かさがやってきて一息つく。
これはフェイクなのだろうか、それとも本当の春の先触れなのだろうか。

最近、ブログの文章を読めなく・書けなくなってきた。
それどころか、本を読む元気もない。
ひとつには日中、目を酷使してこれ以上何もできない、という状態に
あることが理由だが、それ以上に、仕事以外にエネルギーが割けない
情況にあることを痛感する。
読めなく・書けなく・なってきた。
楽しみにしていた本も、ブログも、メールも。

哀しいことである。
実に、哀しい。

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善き者は逝く [思うこと]

朝刊を開いて吉田秀和氏の逝去を知った。
しばし呆然として言葉もなかった。

クラシック音楽愛好家以外にはさほど知られていなかったのだろうか。
最初に読んだのは「私の好きな曲」だったか「世界のピアニスト」だったか。
その文章の美しさと明晰さ、音楽に対する造詣の深さに圧倒され魅了された。
それからずいぶん本を集めて読んだものだった(といっても自宅にある本の
数は20冊までいかない。全集だって持っていないのだが)。
僕は、芸術と美学の殆ど全てを吉田秀和氏に学んだと言っても過言ではない。
誰かが「加藤周一と吉田秀和の文章が読めることだけが朝日新聞を取る意味
である」と書いていた。加藤周一も吉田秀和も亡くなってしまった今、僕は
朝日の読者であることを止めようか、と本気で思っている。
改めて「善き者は逝く」という言葉を思い出さずにおれない。

吉田氏の霊に捧げるとしたらこのバッハのパルティータではと思う。
この短調の鎮魂のパルティータしかない、と今夜の僕は思う。

バッハ パルティータ第六番(演奏:マレイ・ペライア)


心よりご冥福を祈る。

私の好きな曲―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)

私の好きな曲―吉田秀和コレクション (ちくま文庫)

  • 作者: 吉田 秀和
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/12/10
  • メディア: 文庫



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灰色の紳士たち [思うこと]

午前中は快晴だったのが午後から雪に変わる。
風強く寒さ厳しい一日。

お正月に最近の自分を顧みて気づいたこと。
それは、僕は「無駄な時間を節約して時間貯蓄銀行に預けていた」ということである。
時間貯蓄銀行とはエンデの「モモ」に出てくるもので、「灰色の紳士たち」が人々に
「削った無駄な時間を貯蓄しよう」と誘う先である。そうして人々は、無駄と思えた
ぼんやりする時間、お喋りの時間、遊びの時間を削ることで自分たちの生活をどんどん
貧しくしてゆく。
僕は、どうやら「灰色の紳士たち」に洗脳させられてしまっていたようだ。
このまま行くと、恐らくD・H・ソローが「森の生活」で言うところの
「死ぬときになって、自分が生きていなかったことを発見するような羽目」
に陥りそうな気がする。

僕の生活の質は実に貧しいものだったような、そんな気がする。
徐々にでもギアを切り替えて、質を高めてゆきたいと切に願う。

明日から仕事が始まる。
余裕と深呼吸を忘れず日々を過ごしたい。
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