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仕事マシン [日々]

ブログ更新が一週間以上も滞ってしまった。
この間、僕はドイツに行って帰ってきた。
ベルリンではひたすら仕事、仕事、仕事で、疲れ切ってホテルの部屋に
戻っても何もする気力が起きず、ただただベッドで寝るだけだった。
そんな状況を情けない、とも思うし、体力の無さを嘆きたくもなるが、
仕様がない、としか言いようがない。

日曜午後に帰国して、昨日から早速オフィスで仕事をしている。
昨日も今日も、フルパワーで仕事。
もはや、ただの仕事マシンである。

エネルギー枯渇 [日々]

雨の三連休。
経営会議、役員会が終わり三連休になだれ込んだ。
心身ともにへとへとになっていて昨日、今朝とも8時過ぎまで眠る。
神経が立っているのか平日は毎朝早朝覚醒している。
また左股関節に痛みが出ており、海外出張前なのに不安。

火曜日からドイツ・ベルリンに行く。
仕事だけしかする余裕のない現地4泊の弾丸出張である。
正直、気分が盛り上がらないし、今から早く帰って来たいと思っている。
今日はぐずぐずと嫌々その荷造りを行う。
現地は秋の涼しさのようでコートまでも要らなさそうだが。

それにしても、せっかく三連休なのにどこにも出かける気にならない。
エネルギーを平日で使い切っているからだろう。
自分の余剰エネルギーの不足を感じる。
仕事しているだけでやっとだ。

「生きがい」に踊らされないために [日々]

昨日、一週間ぶりに帰京。
なんだか久しぶりに東京に戻ってきた、という感じが湧き上がる。
涼しくてもう秋の足音が聞こえる。

今日は朝から掃除に精を出す。
一通り丁寧に掃除をすると汗だくになる。
その後、買い物へ。
昼、冷やしきつねうどんを作り、長男と食す。

ふと思ったのだがメディアにおいて(あるいは社会において)「夢を持って
邁進する」ことへのプレッシャーが昔以上に強まっているように感じる。
「夢を持って邁進する」ことが「成果にもつながるし」「生きがいを生む」と。
しかし、これだけ声高にそんなことばかり語られたらかなわない、と思う人も
いるだろうな、と想像する。特に真面目な若い人が自分を追い詰めたりする
きっかけになるかもしれないな、と。

「大きな夢を持ってそれに邁進し続ける」ことは才能である。
その手の才能は、脳のホルモンバランスがもたらすもので、そういう種類
のホルモンの分泌が多い人が、それに(ある意味ではADHD的に)踊らされて
「邁進」してしまうのであろう、と思う。
(冗談ではない、本当にそういう話がある)
誰でも孫正義やビル・ゲイツっぽく生きられるわけではない。
もちろん、企業としてはそういう「ポジティブ系ホルモン多分泌者」は
貴重であって、そういう人たちを掘り出して活用することは最も重要な
issueであるから、夢を持てる人に持って貰えたら儲けものであって、
そういう方々にはハイないい気分になって突撃隊となって前線を切り
開いてもらう役割を担っていただかないといけないが、全員が「突撃隊」
でも困るのである。
ちゃんと、銭勘定に長けた人、後方で銃後を守る人、輸送が得意な人も
必要なわけなので、若い人はメディアや会社人事などにあまり踊らされて
過剰反応しなければいいな、とも思う。

夢などなくても人は生きていけるし、生きがいなどなくても生きていける。
生きがいが大切なのではない、淡々と日々を生きることが大切なのだ。

生きている限り、やるしかない。 [日々]

大阪で過ごすのもあと1日になった。
日々はあっという間に過ぎてゆく。
昨日は久しぶりに実家に立ち寄り父の顔を見た。
特に変わりなく、一緒に普通の食事もできるのだが、頭のほうは相当に
ボケてきており、税金問題での弁護士とのやりとりを話してもラチが
あかず、一方的にこちらの方針を話すことになってしまった。
こうやって人間は徐々に劣化し、崩れてゆくものなのだ。
もう父とこういう難しいことを話し合うことは無理なのだ。
悲しい。

今読んでいる本のひとつに山田風太郎の「人間臨終図鑑」がある。
僕が読んでいるのは第二巻なのだが、ほぼ僕と同年齢で死んだ人たち
の「死に様」が淡々と羅列されている。それを読むとどんな人も死ぬ
時は独りだし、寂しいものだし、苦しいものだ、というのがよく分かる。
面白い、というよりも、身につまされる。
死ぬ、ということは、本当に「終わり」なのだが、その「終わり」の前は
殆どの場合、苦しく辛いものなのだ。

今日は子会社の役員会に出席。
種々の問題があり、これから関わり合うのに憂鬱になっている。
しかし、やるしかないのだ。
生きている限り、やるしかない。

マッチポンプとはこのことか [日々]

今日は大阪で過ごす間の抜けた夏休み。
朝から1時間半かけて整骨院へ赴く。矯正をしてもらった上で筋肉を
緩めるのがいいでしょう、ということで10分ほど軽く背中をマッサージ
してもらったのだが、これが良くなかった。
痛みはさらに増した感じがしていたのだが、それは夕方、風呂に入って
背中に温水のシャワーを当てたことでさらに酷くなり、息が止まるほどに。
あまりの痛さに胃が痙攣しだしたので、これはまずいと思った。

恐らくはまだ炎症を起こしていた部位をマッサージし、温めることで血流
が増してさらに炎症がひどくなったのだろう、と判断し、冷湿布を貼って
ロキソニンを飲み、なんとか落ち着いた。冷湿布が患部の熱を吸収している
のが手に取るようにわかる。今朝の時点ではロキソニンを飲む必要など
なかったのだから、今日僕がやったことは、全くのマッチポンプである。

かくして大阪でのこの三日間は背中の痛みで明け暮れて終わった。
今週は明日から金曜まで大阪の事務所勤務である。

音声入力に目覚める [日々]

台風は非常にゆっくりと北上していてまだまだ近畿地方に近づかないようだ。
木曜日からひどく背中が痛む。おそらくは寝違えたのだと思うが、特に起き
抜けはひどい痛みでロキソニンを毎日飲んでいる。
明日、整骨院に行くつもりである。
最近は筋肉系のトラブルが続いている。これは、運動不足のせいかもしれないが、
しかしたらストレッチや筋トレのはずみかもしれない。
これも一種の健康不安であり、落ち着かない。

野口悠紀雄の「話すだけで書ける究極の文章法」を読んでスマホの音声入力に
目覚めた。この記事も下書きはほぼ音声入力で書いたが、恐るべき認識能力で
ある。僕はタッチタイピングができるので相当にテキスト入力は速いほうだが、
音声入力なら三倍のスピードでメモが取れる。
実に人工知能さまさまである。

旅行中止 [日々]

今日から家族3人で奄美大島旅行へ出発する予定であったのだが、台風が
接近。どうしようかと朝、あれこれ話し合ったのだが、最終的に僕が中止
を決断した。決断のポイントは、会社の仕事だったら部下をこの状況で出張
に行かせるかどうかという点で、今朝の状況ではどう考えてもノーだった
からだ。家内も次男も不満そうではあったが、僕の決断に従ってくれた。
ちなみに今日の奄美大島行きフライトは2時間ほど遅れたものの無事
飛んだようであるが、それは結果論であって自分の決断に対しては悔いは
無い。

しかしながら、いきなり予定がなくなってしまった今日、なんとも気持ち
のやりどころがなく、結局、ランチを大阪の都心まで食べに行くことに。
おいしいナポリピザを食べさせるお店で3人で食事。次男と別れて帰宅し
その後ぼんやりと過ごす。
旅行に行くつもりであった三日間がぽっかり空いてしまった。
明日は京都まで家内と美術館に行く予定。