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生まれと育ちが違う [日々]

株主総会が無事終了。
これでこの期も生き延びた。
総会後、役員会メンバーのみで高級イタリアンレストランで慰労会。
料理にしても、ワインにしても詳しい説明をしてくださるのだが、とにかく
滅多にない高級食材を腕によりをかけて料理した、ということしか分からない。
大盛りのキャビアが乗った料理の下のソースはフォアグラソースとか言われて
も、どっちもそんなに食べつけていないのだ。庶民なんだから。
キャビアと偽ってトンブリを出されても、そうか、と思って食べてしまいそう
な気がする。ところが一方で、オーナー一族の方々はそういうのを食べつけて
いらっしゃるので、こういう所では、僕はこの方々とは生まれと育ちが違うの
を痛感する。ワインを選んで一口飲んで、やっぱり口にあわないから違うの
にしてくれ、と堂々とオーダーするのは、僕の感覚では無理である。
まずけりゃ残せばいいんだ、というのは理屈ではあるのだが。。。
それに味に関しても、多分僕は、コース料理で一人1万5千円を超えたら違い
がわからないのだと思う。
昨日はとにかく腹いっぱいで苦しく、帰って大急ぎで胃薬を飲んだ。
今日は朝の飛行機で東京に戻ってきて昼はざるそば、夜はおにぎり二個。
こういうので僕は十分だし幸せだ。
これはとても大切なことだ。
だって役員を辞めたら、本当にただの庶民になるのだから。

紫陽花はまだ辛うじて生きている。
なんとか根付いて欲しい。
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検索をかけても出てこない [日々]

東京においては今年の梅雨は空梅雨のイメージである。
昨日も今日も日が射して洗濯物がよく乾く。
疲れがどっと出ているようで昨日は何もできずぼんやり過ごす。
夜、家内と行きつけの蕎麦屋で剣菱を少し飲んだところ、一気に眠気が
来てベッドで爆睡。
今朝は朝8時半起床で、日曜美術館を見てからジムへ。
慎重に低めのウェイトにセットしたが結構な大汗をかく。
自分の体力の低下を感じざるを得ない。
その後散髪。

金曜日の英国のEU離脱でテレビも新聞も大騒ぎである。
知り合いの英国人たちは「スコットランド独立と同じでギリギリになった
ら英国人は現実的な選択をするはずだ」と残留に決まってるムードだった
のだが、その予想は外れてしまった。やはり世の中何が起こるかわからない。
そして、自分の周りだけの世界を見ていると「○○が当然」と思うような
ことでも、真逆の考えを持つ人達が、違うコミュニティには沢山いることを
思いしらされる。
ある意味でこの世界では理想主義が敗れつつあり(あるいは後退しつつ
あり)、現実主義(というか本音主義、弱肉強食主義と言うべきか)が
勝利を収めつつある、ということなのだ。それについて非常に面白い論考
を読んだので、ここに引用しようと思って必死で検索をかけたのだが出て
こない(ファイナンシャル・タイムズの記事だったように思ったのだが)。
こういうのは非常に気分が悪いものだ。
面白いと思った記事は即メモっておかなくては。

最近の読書:
・真田太平記(池波正太郎):
 全12巻読了。実に面白い暇つぶしでした。

・第二次世界大戦(チャーチル):
 第二巻を読んでいるところ。歴史書では数行で済まされるドイツの
 ポーランド侵攻、フランス侵攻、ノルウェー侵攻などについての
 記述は非常に興味深い。

・伝道の書に捧げる薔薇(ロジャー・ゼラズニイ)
 短編集であるが、雰囲気のある作品が並んでいる。特に表題作は
 美しい短編と思った。

・アルジャーノンに花束を(ダニエル・キイス)
 何度も読んだ本だが再読。感動は何度でもやってくる。

その他ビジネス書を3冊ほど読み中。

父は熱も下がりなんとか退院・生還出来そうで、一安心。
本家を更新。「「暁の寺」三島由紀夫より抜粋」
7月のバンコク訪問の前に心覚えのために。
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父、再び入院 [日々]

火曜朝、父が薬を飲む際に激しくむせて、それから急に発熱して病院へ。
誤嚥性肺炎をおこしたとのこと。即刻入院、絶食で抗生物質の投与を続け
やっと熱も下がった由。こういうことは必ず起こる、と覚悟を決めていて
も、やはりがっくりと疲れる。父の法律問題で公証人の訪問日まで決めて
いた矢先だったので余計である。
まぁとにかく、今は落ち着いているようだ。
そんなこんなで、毎日、あちらこちらからサンドバッグで殴られている
ようなそんな気分である。気が休まる暇がない、という感じか。
母が「これからもこんなことは繰り返し続くんだろうね」と言うので、
「そう覚悟しておくしかないね」と答えた。
母の声も疲れきっている。

会社では明日が賞与支給日。
僕は拠点の執行役員、事業部長、部長たちには直接明細を手渡して、一言
声をかけないといけないが、僕自身の賞与はまだもらえない。
その前に株主総会があり、それを乗り切ってからだ。
皆が浮き立っている中で、自分だけ仲間はずれな感があり毎年奇妙な気分
である。もっとも、父がこんな調子だから正直、自分の賞与のことなど気
持ちの中に置いておく余裕がない。

明日から家内が来る。
紫陽花は首を垂れながらもなんとかまだ生きている。

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ぎりぎりセーフ(そしてChildhood's End) [日々]

以前の記事で書いたように、6月になったので再度腫瘍マーカーテストを受け、
今朝、その結果を聞きに病院に行った。待合室で待っている間は、やはり嫌な
気分だった。たとえ腫瘍マーカー数値が基準値を超えていてもガンと決まった
わけではなく、次の検査に進むだけなのだけれど、それでもいい気分ではない。
結果は「ぎりぎりセーフ」だった。
数値は基準値を超えない値(しかし、標準値よりは相当高い値)で、このレベル
の値であればガンである確率は5~10%程度とのこと。医師いわく「ひょっとした
ら小さなガンがあるかもしれないけど、まぁいいでしょう。 当面ウォッチして
おいて下さい」とのこと。

まぁ正直ほっとした。何にほっとしたか、というと「厄介ごとがひとつ増えな
かった」ことにほっとしたのである。
しかし今回の検査結果を見るに「オッケー」とは言いがたい。率直に言って
これから毎年腫瘍マーカー検査を受け続ければ、また必ず基準値超えがあり、
いつかは生検を受けねばなるまい(その結果、ガンかどうかは半々の可能性
だろう)。
これからは毎年その覚悟をしておく必要があるだろう。

僕の体は徐々にダメになってきつつあることを認めざるを得ない。
特にここ数年(取締役になってから)が劣化がひどい。
激しいストレスの中で出張、出張で酷使してきた体だから、仕方がないと思う。
この下り坂のボロボロになりつつある体で、死ぬまでの間、どのようにQOLを
キープしつつ、愉快に充実した人生を送れるか。
それが何より大切なissueだ。
最後に待っているのが「死」であることは、末期がん患者でも、僕でも変わり
はない。中世の哲学者の言う通り「メメント・モリ」を常に頭において生きる
だけだ。

そういえばテレビドラマ「Childhood's End(幼年期の終わり)」で全人類が
死に絶えた地球に最後に一人降り立った科学者マイロが地球が崩壊し死ぬ
寸前に震えながら言うセリフは「僕は怖い」だった。
それに対し上主(異星人)カレルレンは「恐れることはない。自然の、宇宙の
摂理なのだ」と言う。それでも震えが止まらないマイロは「お願いだから人類
を忘れないでくれ。人類が存在しなかったことにしないでくれ」と懇願する。
カレルレンは恐怖を鎮めるためにマイロの少年時代の幻を見せ、マイロは
「ありがとう」と感謝の言葉を口にする。
同時に地球は粉々に崩壊し、人類最後の人間・マイロは死ぬ。

このテレビドラマは陳腐な部分がたくさんあって、原作の素晴らしさを台無し
にしている部分もたくさんあったが、この場面だけは秀逸だったと思う。
死に至る前に人間が(いや僕が)望むことは、
「自分のことを忘れないでくれ」
なんだろうか? 
結構リアルに「そうかもしれない」とも思える。
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いつの間に「大人」になったのか [日々]

昨夕、無事帰国。
なんだかんだと疲れていて夜は12時間爆睡。
日曜美術館を見てから洗濯、掃除、クリーニング出し。
今日は日曜だが会社のリクルートのイベントがあり、昼前からスーツを
来て外出。頭がまだぼんやりしている。

ドイツの空港で父の法律トラブルについてのメールを受信し、一気に気分が
陰る。いつまでたっても解決がつかず、法律事務所が「もうここまでの
費用はいいですから、この仕事から手を引かせてもらえませんか?」と
言い出すような状況になりつつある。
僕の答は「わかりました。では窓口だけして下さい。あらゆる判断を僕が
自分で下しますので」。
みんな逃げても僕だけは逃げるもんか。
プロが逃げちゃ駄目だろ、と呆れつつも、この道ではこの事務所以上に
経験を持つところは見当たらないので(そんなプロでも逃げ出したくなる
ややこしさなのだが)仕方ない。
その道のプロが逃げ出しても、僕は逃げない。
一歩づつ、諦めずに粘り強くひとつひとつ問題を潰せば、いつかは解決に
到れるはずなのだ。
何より、こういうややこしさ、面倒事、ウザイ事柄、悩み事と共に生きて
いくのが人生の意味なのだ。
苦悩もまた、人生の一部なのだから。
フランクルも「夜と霧」でこう述べている。

わたしたちにとって生きる意味とは、死もまた含む全体としての
生きることの意味であって「生きること」の意味だけに限定され
ない、苦しむことと死ぬことの意味にも裏づけされた、総体的な
生きることの意味だった。

ヴィクトール・フランクル「夜と霧」より


それにしても、いつの間に僕は「大人」になったのだろうか?
あらゆる事柄を判断するのは僕で、誰にも頼ることもできなくて、何もかも
人生のことを取り仕切ってゆくのが自分たちの世代になったのは、いったい
いつだったのだろうか?この世界に僕より『もっと成熟した大人』はもう
存在していないのだろうか?
それとも僕の周りに存在しないだけなのか?
こんなに歳をとっても、依然として僕は誰かに頼りたくて、誰かの助言が
欲しくて、誰かに任せてしまいたいのだ。
本当は布団をかぶってじっとしていたいのだが。。
いつまでたっても心の部分が「子供」から抜け出せていない、と感じている。

本家記事を更新。
「K20ノルトライン・ヴェストファーレン州立美術館」
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二度あることは三度ある [日々]

フライトキャンセルから始まった欧州出張。
その後も嫌な予感がしていたのだが、その予感はバッチリと当たり、翌日の
マンチェスターからデュッセルドルフへの便も理由もわからずキャンセルに。
午後4時発の便であったのだが、今回の英国の地上係員はしっかりしていて
同日夜8時発便に振り替えてもらった。もっともその8時発便は出発が
1時間遅れてデュッセルドルフのホテルに到着したのは深夜0時過ぎ。
Eurowingsには二度と乗るか、と決意はさらに固くなった。

もっともこちらに着いてしまうと後は楽勝。
翌日、翌々日と日本からの部下と共に当地の駐在員の車で取引先を訪問し、
夜は旧市街等々で飲み食いを楽しんだ。
いや「飲み食いを楽しんだ」と言っても現地の料理は一度だけだ。
僕にはもはやドイツ料理は重すぎて辛く、初日は駐在員に頼んで日本の
居酒屋で飲み食いし、翌朝はホテル(日航ホテルである)で白いご飯と
味噌汁と食べて胃腸の調子を取り戻した。
今日はこれからチェックアウトであるが、今朝の朝食ももちろんご飯と
味噌汁だったし、ランチは駐在員とこちらの蕎麦屋に行く予定。
その後出発までの時間、こちらの現代美術館(K20)に立ち寄るつもり。
帰国便は全日空だから、もちろん和食だ。

と、ここまで書いてきて、僕はもう海外出張をタフに乗り切る胃腸機能を
喪失したようだ。
商社マン失格。。。
つまりは歳なのである。

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初日からトラブル続き [日々]

欧州出張は初日からトラブル続きだった。
ドイツ・デュッセルドルフまでのフライトは順調だったのだが、デュッセルドルフ
から英国・マンチェスターまでの乗り継ぎ便は、離陸はしたものの車輪が引き込まず
デュッセルドルフへ逆戻りする羽目に。ユーロウィングスというルフトハンザの子会社
だったのだが(同じ子会社のジャーマンウィングスも墜ちたりしていたし)嫌な予感
はあったのだが、デュッセルドルフ空港に戻ってからの対応は最悪だった。
係員から説明もなく、アナウンスもなく(いや、どうやらドイツ語ではあったのでは
と思う。戸惑って右往左往していたのは英国人と日本人だけだったから))あちこち
に尋ね回りながらやっと説明を受けたのだが「今日は飛ばない。今夜のホテルは手配
したので勝手に行って泊まれ。明日の代替便は明日朝にチケットカウターに来い」と
いうそっけないもの。しかたなくホテルで泊まったが、マンチェスターでの打合せ
は午前中に予定されており、どう考えても間に合わない。
しかしながら、翌朝の朝一番便(6:50出発)にもし空き席があったらギリギリ間に
合うかもしれない。

ホテルのベッドで(いい加減な航空会社の対応をあれこれ考えるうちに)「ははぁ」
と思い至った。多分、明日の「代替便手配」は(日本のように)航空会社主導で
顧客を漏れ無く割り振るような努力はしないだろう。彼らのやり方から察するに、
チケットカウンターでは「残席の奪い合い、早いもの勝ち」になるに違いない。
そう思い定めて、朝4時に起きてチケットカウンターに一番乗りし朝一番便の席
をゲット。状況は僕が想定した通り「残席の奪い合い、早い者勝ち、弱肉強食」
だった、苦笑。

そんなこんなで何とか空港からタクシーを飛ばし、取引先との重要な打合せに
間に合った。全く疲労困憊の一日で、夜の会食ではアルコールを一滴も飲ま
なかった(飲んだら確実に席上で失神していた)。
昨夜は10時間以上爆睡した。
今日は夕刻、またデュッセルドルフに戻り、明日からドイツで仕事だ。
全く何をやってんだか、である。

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基本に立ち返るしかない [日々]

30℃を超える夏日。
昨日は役員会後に会長、社長と話し込み、ギリギリで飛行機に飛び乗って帰京。
深夜帰宅したらもうヘロヘロに疲れきっていて、おまけにヘビーな問題(今回
就任した子会社の問題)がぐるぐると頭の中を巡ってよく眠れず。
改めて思うのは、経営に関わる問題は本当に難しい、ということだ。
事例やら、考え方の筋道やらを知りたくてネットを調べたり、本を調べたりしても
僕の知りたい答えはどこにもない。考えて見れば当たり前で、そんなことを日常
的に考える必要がある人達はごく限られていて、本を出すほど対象者がいないし、
ネットで答えを探しまわる人も、わざわざアップする人もいないのだ。
なので、基本に立ち返って考えるしかない、と思っている。
そもそも会社とは何か?
そもそも税金の意味とは?
そもそも社会と企業の関わりは?
社員とは?経営者とは?株主とは?等々。
基本に立ち返って定義、定理から演繹的に組み立てて答えを出す以外ない。

午前中はもう、仕事、仕事、仕事。
週の後半3日間が会議だったので、普段の仕事が全くできておらず、必死で
2時過ぎまで仕事をしてやっと終わった。
寝不足で疲れきっている状況でPCを見つめ続けていたので目のピントが合わない。
全く、僕はなんでこんな目に遭うのだ?と天を恨みたくなる。
午後は掃除、洗濯、買い物の家事。
それが済んでやっと明日出発の欧州出張のパッキング。
今回は現地4泊だから荷物は少ないか、と思ったがそうでもない。
考えてみれば、それ以上長くなったら現地で洗濯に出すからそんなに下着やら
シャツやらは持って行かないのだった。

夕刻、テレビドラマ「Childhood's End」の第4回を見る。
なんか、あんまりだよなぁと思いつつ(しかしこれが限界かとも思いつつ)
見ているのだが。こういうものを映画化するのは本当に難しい。

レトルトカレーで夕食。
長男はきちんと水やりをしてくれていて紫陽花はまだ生きている。
嬉しい次第。
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父を見舞う [日々]

子会社の役員会、親会社の経営会議と役員会のヘビーな会議三連発で大阪へ。
夜、腸からチューブを抜いたあとの父を病院に見舞う。予後は順調なようで
金曜日には退院するそうな。元気そうで、僕が先日プレゼントした写真集
を非常に喜んでくれていた。
早く元気になってください、お盆に孫も含め集まってお祝いをしましょう、
と僕は言いつつも、あと父と会えるのは何回なのだろうか、と心の奥底で思う。

日経新聞の夕刊に「130万人のピリオド 統計にみる多死社会「自然に逝き
たい」増える老衰 延命に疑問 変わる死生観」という記事があった。

東埼玉病院内科・総合診療科医長の今永光彦氏は「以前は長く生きることがよしとされてきた。今は無理な延命よりも自然な死を受け入れる風潮がある。死生観の変化が影響している」とみる。
 オリックス・リビングが運営する有料老人ホーム「グッドタイム リビング新浦安」(千葉県浦安市)では15年度に入居者12人が亡くなった。うち8人をホーム内でみとった。そのほとんどが老衰だ。
 食が細くなり眠っている時間が長くなるなど衰えが見えてきたら、施設の医師や看護師を交えて入居者の家族と終末期の対応を話し合う。今年で開設10年目。当初は「最期は病院で」と望むケースが多かったが、今は9割が住み慣れたホームでの自然のみとりを希望する。ジェネラルマネージャーの立崎直樹さんは「『無理な治療で余命を延ばすより、好きなものを好きなように食べて自然に逝きたい』。そんな言葉を多くの入居者が普通に口にするようになってきた」と話す。
 老衰のみとりは簡単なようで簡単ではない。松山市などで在宅医療を手掛ける医療法人「ゆうの森」理事長の永井康徳医師は「最期が近づくと自然と食べられなくなる。死に至る通常の過程なのだが、周囲はそれを受け入れられずに点滴などで無理して水分・栄養補給をしようとしてしまう」と指摘する。

僕は正直、父には最後、こうしてあげたい、と思う。
自分ならこうしてもらいたい、とも思う。

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腹を決めるしかない。 [日々]

曇りときどき雨の日曜日。
朝9時まで爆睡。
二日連続でゆっくり眠ったことでかなり回復した実感あり。
朝食後、来週日曜からのイギリス・ドイツ出張の下準備をする。
今週、明日は飲みで明後日から大阪だから今日やっておく必要があるのだ。

近所のタイ・レストランで長男とランチ。
7月にタイ出張があり、食事も予習するかと思ってのことである。
あまり辛くない甘辛く煮た鳥の骨つき腿肉が乗った米の麺を注文。
味はそう悪くないが、とにかく量が多くてかなり残してしまった。

その後は、掃除をしたり、庭の紫陽花の回りにポールを立てて形を整えたり。
なんだかんだしていると夕刻になり、きつねうどんをつくり夕食。
父の見舞いに行っていた家内から報告あり。
父は腸まで届く胃ろうチューブを入れているのだが、それを金曜日抜いた。
本人の強い希望によるもので、もちろんチューブを抜いたらもう一度
去年のようなことになったら再挿管はあり得ない。それでもいいから、
チューブのない身体で好きなものを食べたいのが父の希望なのだ。
恐らく、近いうちに、何らかの「深刻な問題」が発生することになるだろう。
しかし90歳になる父に「あれを食べるな」とか「ああしろ」とか、もう
そんなことを言う権利は誰にもない、と思う。
人は死ぬ日時は選べないけれど、選べることもあるのだ。
僕を含む家族は腹を決めるしかない。

それにしても、家内がいないと細々した家事をして土日はすぐ過ぎる。
遊びに行く暇も、気にもならない。
残念ながら本を読む暇もない。

ピアノは細々と弾く。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」「バラード4番」「舟歌」など。
弾いただけで疲れるが心のリフレッシュになっている感あり。
弾いている間は何も考えない。

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