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紫陽花を買った [日々]

金曜日、家内は東京に来ようと飛行機に乗ったのだが、羽田空港が大韓航空機の
エンジン炎上事故で羽田上空まで来ていたのに大阪に引き返すことに。
その後、改めて新幹線に乗って上京したため、疲労困憊状態で東京宅にたどり
着き、誠に気の毒な次第。
そんなこともあって、昨日は夕食を行きつけの蕎麦屋でご馳走した。
僕も今週は役員会、経営会議、子会社の株主総会(ここで新しく僕は子会社の
取締役にも選任された)が連続してあり、疲労困憊は家内と同様で、昨夜は
蕎麦屋でお酒が入ったこともあり爆睡。

誕生日のプレゼントに家内にiPad Air2を買ってもらった。
昔買ったiPad2に比べて軽いこと、薄いことに改めて感動する。
これでカラーの雑誌などもiPadのKindleで快適に読むことができる。

社宅マンションの庭はツツジはとうの昔に散り、バラもほぼ散ってしまった。
以前からどうしても欲しいと思っていた紫陽花を注文して届けてもらった。
鉢植えなので、当分は庭に置いておいて、花が散ったら地植えしようと
思っている。僕はあと数年しか東京にいないけれど、紫陽花が根付けばこの
庭で咲き続けるだろう。そんなことを望むのは変な感じだけど、自分として
は心の奥底から望んでいることなのだ。
「自分が去っても何かを残したい」
そんな風に思うのはいったい何故なのだろう?
ajisai.jpg
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大忙しの週末 [日々]

快晴で夏日の東京で過ごす週末。
土曜日は、会社のイベントのバーベキューに参加。
一昨年同様にパエリアを作って振る舞ったが出来は今ひとつだったのが
心残り。それでも普段、めったに口を聞くことがない社員たちとフランク
に話が出来る貴重な時間である。出来る限り全員と話をするようにあちこち
の人溜まりを周遊し、お喋りをする。
子供連れ、家族連れで参加している人たちもいて、女性社員のご主人に妙に
なつかれてしまい、是非泊まりに来てくれ、と懇願されて困った、苦笑。
(その女性社員は僕以上に困り切っていた)

今日は朝から掃除やら何やらの家事を慌てて片付けて、午後から甥っ子と
新宿の映画館で映画を見に外出(長男も同行)。映画のほうは典型的な
ハリウッドのアメコミ映画でやたらアクションと轟音が派手な映画だったが、
最近の3D映画で、かつ、シートが揺れたり背もたれや座面にショックが加わ
ったり、シーンに応じて顔に水しぶきや空気が吹き付けられるシステムで
結構迫力もあり面白かった(少なくとも退屈はしなかった)。
その後、鰻屋で白焼きと鰻重をご馳走したが、甥っ子は喜んでいた。

映画といえば取りためた映画を少しは見ないと、ということで、昨日・今日
で「パンズ・ラビリンス」を細切れにして見た。
デル・トロ監督の作品らしく、色使いが非常に綺麗である。
舞台が内戦が終わったスペイン(1944年)というのが、僕が好きな時代背景
で、一言でいえばこの映画、非常に残酷でありながら美しい印象に残る映画
だった。本当にダークなファンタジーである。
この監督はオーディオ・コメンタリーになると喋りまくる人なので、DVDで
オーディオコメンタリー付きがあれば再見したいな、と思う。
僕の好きな監督の一人である。

同時にドイツのテレビ映画「ジェネレーション・ウォー」も徐々に見ている。
この映画は本当に凄い映画で、強烈なインパクトを受けつつある。ドイツ人
が戦争映画を作ると、アメリカ人のように「英雄」や「戦場での友情」を描
いたり日本人のように「私小説的な愛」を描いたりせずに、残酷さと不条理さ
と人間のダメさだけを救いようがないほど冷徹に描く(つまり徹底的に現実
と等しく描く)のは「Uボート」や「スターリングラード」でもそうなのだが、
この映画もどうやら全く救いがなさそうである。
しかし、この「救いのなさ」そのものが戦争の本質であるので、こういう映画
こそ、若い世代に見て欲しいものだ。
まだ最後の3分の1を見終わっていないので今週、見きってしまわなければ。

そんなことをいいつつも今日も「ハンナ・アーレント」を録画したところである。
僕の関心事に近い作品がどんどん放映されるのは、嬉しい悲鳴ではあるのだが。

パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: CKエンタテインメント
  • メディア: DVD



ジェネレーション・ウォーDVD-BOX

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  • 出版社/メーカー: アルバトロス
  • メディア: DVD



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暁の寺 [日々]

月曜日に帰京したところなのに、再び1泊1日で大阪の自宅へ。
明日は経営会議と外国の取引先の役員との会議である。
相変わらずの行ったり来たりではあるが、これでも昨年よりは東京大阪の往復の
頻度は下がっている。とはいうものの、体は明らかに疲れやすくなっており、関節
の痛みやふくらはぎの張りなどは日常化している感あり。
結局、悪循環なのである。
関節痛などがあるがゆえにジムに行って運動もできず、運動しないから体は
ますます不調になる。完全にこの不調のスパイラルにハマってしまっている。

6月のヨーロッパ出張の発券を依頼した。
7月には初めてタイに出張に行くことに。
バンコクで4日間を過ごすことになるが、三島由紀夫の「暁の寺」の風景描写に
あるワット・アルンラーチャワラーラームというお寺をできればチャオプラヤ川
から眺めてみたい、と思う。多分それぐらいの時間はあるだろう。
「暁の寺」のこの寺の描写部分を抜書きしよう、と思ったが本は東京にあるの
だった、苦笑。

バレンボイムの「平均律」を聴いている。
これは想像以上の名演である。
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幼年期の終わり(CHILDHOOD'S END) [日々]

月曜日が臨時の取締役会ということで昨夜、大阪へ。
空港から一時間以上かけてまっすぐ整骨院へ行き矯正。
先生の話では股関節の状態はかなりマシになっているとのこと。
実感としてもそういう感じはある。
矯正が終わり、近所の鰻屋でうな重を食べて遅くに帰宅。
母はまだ完調とはいかず、まだめまいがするようであるが、普通の生活を
送っている。まだ不安が残るがしばらく様子を見るしかない。

今日は、朝からスーパーへ買い出しに。
来週が会社のバーベキュー大会で、そこでパエリアを振る舞うことにしている
のだが、作るのが久しぶりなのでランチに作ってみて家内と食べることに。
大変上手に出来上がり、二人でパエリアを満喫。
その後、ケーブルテレビで録画しておいた「CHILDHOOD'S END 幼年期の終わり」
の第一話をテレビで見る。このテレビ映画はアーサー・C・クラークの有名なSF小説
「地球幼年期の終わり」を初めてビジュアル化したもので、ぜひ見たいと思っていた
ものだ。僕は子供時代からSF小説が好きだったのだが、SF小説のベストワンを
あげろと言われたら、文句なくこの「幼年期の終わり」をあげる。
テレビ映画を見る前に小説を再読しようと思い、Kindleで新訳版を購入して
読んだが、昔読んだ時と同じように素晴らしいと思った。

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2007/11/20
  • メディア: Kindle版


さて、テレビ映画のほうだが、今日見た第一話を見る限り、かなりいろいろと
原作から改変されていて(たとえば主人公は原作では国連事務総長なのだが、
テレビ映画では、名前は同じだがアメリカの田舎の青年になっている)少々
違和感を感じてはいるけれども、原作の壮大な光景(例えば、オーヴァーロード
の母星の景色とか、地球の新しい人類の繰り広げる不気味な「長い踊り」(新訳
版では「ロング・ダンス」となっている。原作では「The long dance」)の様子)が
どのように表現されるかはとても楽しみだ。

明日日曜日も自宅でゆっくりと過ごす予定。

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母、倒れる [日々]

雨の東京の一日。
この前の週末は家内、長男と伊豆の初島へ旅行に行っていたのだが、その間に
母が倒れた。ろれつが回らない状態で妹のところに電話があり、そのまま病院へ。
幸いにして脳梗塞などではなく、低血圧と低血糖が重なったためのようだが、
この一年の父の看病で疲れきっていたのだろう。

しかし、父に加えて母まで倒れられたら、冗談でない事態になる。
家内も、妹も大阪にいるとはいえ、仕事を持つ身であるのでにっちもさっちも
いかなくなる。サービス付き高齢者向き住宅に入ってもらうのが一番安心なの
だが、(実は申し込んであって既に入居の順番が回っているのだが)父が嫌が
って入ろうとしないのである。
それでも今回のこともあり、今月後半に見学に行くことにした由。
入ろうという気になってもらいたい、と切に願う。
子供の誰もが現役で仕事を持っているとこういう事態になる。
母の時代のように、嫁は家にいて舅と姑の最後を看取るのが仕事、という風に
はいかないのだ。
今日、同時に父の法律関係のことで司法書士から連絡があり、仕事時間中に
もかかわらず、あれこれとやりとりをする。
これもまた、喉の奥に刺さった棘のようにイライラさせられる。

親の老後を看取る、とはこういうことなのだ、と改めて痛感する。
そうこうするうちに「自分が看取られる」歳になるのだろう。
気持ちが沈んでゆく。

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貧乏サヴァラン [日々]

快晴で真夏のような一日。
大阪での一週間の休暇を終え家内と朝の飛行機で東京へ。
連休の帰りのピークということで大阪空港も羽田空港も混雑している。
男の子の節句ということで(男の子とはもはや言えない長男のために)柏餅
を買うと、長男が「母の日だから」ということでケーキを買ってくれ、我が
社宅はスイーツで溢れかえっている。

森茉莉の「貧乏サヴァラン」を読了。
なんというか、本当にすごい人だなぁと感服。
洋行帰りの父:森鴎外が家庭に運び込んだ「欧羅巴」風の生活と彼女が
わずかな期間(1年強?)滞在したパリとベルリンで受けた「ヨォロッパ」
の生活が、彼女の感性の中で、まるでブラジル移民者の中の「勝ち組」の
ようにそれらが純化され、昇華され、蒸留されて抽出された「彼女のヨォ
ロッパのエッセンス」を全ての美意識の基本として戦後の日本での生活に
容赦なく当てはめるとこうなる、というエッセイである。
この人の表現の繊細さや言葉の選び方は一種独特で素晴らしい。

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1998/01/22
  • メディア: Kindle版


伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」もまた、繊細な伊丹十三が蒸留した彼の
「欧羅巴」的美意識の蒸留物なのだが、それにも引けをとらない純度の高さだ。
そして(これがますます凄いのだが)森茉莉は恐ろしく貧乏なのである。
そんな貧乏この上ない生活の中でも、この美意識を一切曲げない。
これは本当に、凄い徹底ぶりとしか言いようが無い。
阿川弘之の「井上成美」に戦後、井上がひどい貧乏生活をしていた時、
庭に机と椅子を出し、海を眺めながら、たった一個の茹で卵をエッグ
スタンドに乗せてスプーンでそれを食べる場面があったが、それを不意
に想起した次第。

ここまで憧れをもって一つの文化スタイルに拘り、そこから抽出した美意識
を全ての基準とする生き方は、美しいが、僕には無理だ。
なぜなら自分が「それ(その美意識)」を「信じる」必要があるからだ。
何かを信じることが出来ることは、幸せである。

明日は仕事。
明後日から一泊二日で小旅行である。

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腑に落ちる、という状態に。 [日々]

一昨日は実家で父の退院祝い。
奇跡的な復活を遂げて退院した父は、まだ完全に普通食とはいかないが
昨年は絶対に不可能と思われたようなもの(鰻の蒲焼きとか焼いた鯛とか)
を口にしている。見ているほうとしてはハラハラするが、本人は覚悟の
上で食べていることがわかるから(リスクを冒してもしたいことをする)
止めることはできない。
今さら、我慢して医師の言う通りのものしか食べず少し命を生きながら
えるよりは、食べたいものを食べる、ということなのだ。
そうはわかっていても帰宅してからも、急変がないか、ひたすら心配
していた。
妹夫婦も来てたくさん写真を取ったが、僕は、これが最後かもしれない
と思いつつシャッターを押していた次第。

昨日は家内と都心のデパートであれこれ買い物。
帰宅してからピアノを少々弾いたあと、アマゾンのPrime Videoで
「阿弥陀堂だより」を鑑賞。
美しい景色、温かい人のつながり、里山の風景に癒されるが、それ以上
の「何か」はない。もっとも「それ以上の何か」を求める必要があるか
と言えば疑問ではある。「これでいいのだ」ということであろうか。
生きる(あるいは死ぬ)ことのシンプルさ、を語っている映画であるの
だが、その提示されたシンプルさ(恐らくそれは正しい)に安易に頷く
のは間違っているという気がどうしてもするのだ。
自分の思考の果てで、本当の腹の底に、つまりは腑に落ちる、という
状態に自ら達したいと願う。

今日は朝からマンションのベランダ外の雑草引きを家内と敢行。
本来管理会社がやってくれるはずなのだが、なかなかやってくれず
草ぼうぼうになっていたので、自分たちの手でやることに。
久しぶりの外での作業で疲れたが気分はすっきり。
午後から次男が帰ってくるが友人たちとの飲み会ということですぐ
出てゆく。夕食は家内と二人で近くの寿司屋で軽く。
少々風邪気味で、薬を飲んだので頭がぼぅっとしている。
休みだし、これでいいのだ。

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